2009年は、やはり「日本数寄」に触れた一年であったと言える。
昨年は、どちらかというと西洋絵画にばかり近づこうとしていた。
ダリのシュルレアリスムから始まり、ボッティチェリから始まるルネサンス、バロック、ロココ、ロマンなどどんどん西洋絵画史を追っていくようなところがあり、それはそれで「全体を観る」という歴史を考える上で不可欠なポイントをさらって行けたような気がする。
やはり、歴史好きが高じてか一つでは満足できないところがボクにはある。
どうしても少し高いところから全体を見降ろし、全体と言う一つを観察したくなる。
いわば、オーケストラの指揮者のように部分と部分を繋ぎとめ、かつそれを単体として、単体同士の調和を図る。
ボクは何事においてもそれを得意としてしまう。
やはり日本の数寄文化を研究し言及する際も、それを始点として、また色眼鏡として用いてしまう。
日本数寄、やはり影響を与えているのは松岡正剛。
たしかに彼の日本文化論には定評がある。
しかし、そんなこと以上に、彼は、ボクに日本文化の楽しさを教えてくれた人生の師とも言うべき存在だ。
そもそも、ボクは中学校のころから本からとても興味を持っていた宗教に関する知識を集めていたから、どうしても学ぶ上で文化に関する造詣も深めていく必要があり、その途中現れた松岡正剛の協力もあって「文化の面白さ」というものにすっかりはまってしまったのだ。
数寄といえば、まず琳派。
そうボクのなかでは理解している。
琳派の心、精神こそが日本の数寄そのものなのだ。
BRUTUSを初めて買ったのも琳派の特集号だった。
琳派のこう一見何の変哲のなさ、あまりにわかりやす過ぎて反応しずらいところに返って考えさせられる。
特に、本阿弥光悦は『バガボンド』のなかで憧れを抱いた存在であり、彼から、研ぎや刀についての興味を与えられた。
また、光悦の茶碗や書にも共感した。
また、城や数寄屋など好きな建築物、文様や色など数寄な和の色についても興味を持つようになった。
それはやはり扇子にこだわっているせいだろうか。
前々から護身用に鉄扇を買ったり、人にプレゼントで扇子を送ったりしている。
扇子を開いたり閉じたりの運動を繰り返すとどうもいい感じに手の力の入れ具合が理解できる。
また、扇子の骨、竹細工にも興味を持っている。
茶さじや茶筅などの茶道具も骨董の一種として手を出したくなっているものだ。
ボクは竹が周辺から簡単に手に入るため、自分なりの作品を竹細工で造ってみたいと考えてもいる。
数寄というのは、一種の美意識を持ちこだわること、そう理解している。
そう考えると、ボクはシンプルなものが好きだから、負の作用を使った数寄というものが性に合うらしい。
現代アートにも数寄は大きく取り入れられている。
それを知ってから、現代アートにも興味を持てた。
村上隆や会田誠の絵には、やはり日本数寄がある。
また、日本の再発見を特集にしたBRUTUSUからは、ブルーノ・タウトや岡本太郎などメジャーながら、とつきにくかった人たちについても近づこうできた。
彼らは芸術について言及しているうえ、近代の芸術を語る上で大きなキーマンとなっている。
大きなキーマンに触れられれば、どんどん新たなキーを引き寄せることが可能となる。
それは何をしていてもけっしてないがしろにはできないことなのだ。
それが、芸術を考える種になるのだから。

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