2009年12月31日木曜日

司馬遼太郎 歴史の共感から司馬史観

先日、3年間にわたって放送されるNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』の第1章が終わった。
明治を舞台に、それも軍隊を舞台にしたドラマは珍しく、その上、豪華キャストで3年間に渡って放送する力作ともなれば歴史好きとして見ないわけにはいかない。
軍隊モノといえばどうしても終戦記念日に流れるような暗い、過去の過ちを反省するような内容に傾きがちだが、『坂の上の雲』は司馬遼太郎の司馬史観を忠実に反映させようとしているためか、「明るい明治」をコンセプトにしているようで観ていて面白い。
西欧列強の脅威が目前に迫っている明治初期の日本の国家的な奮闘が、このドラマが描きたい「明治の色」のようである。
明治から太平洋戦争終戦まで一つの波と考えれば、明治初期から日露戦争まで上り坂、そこから先が下り坂なわけで、この波が司馬史観なのである。

ボクはそもそも「史観」が好きであった。
きっかけはマルクスの唯物史観論であり、歴史好きも相成って「歴史の見方」に取りつかれてしまったようだ。
司馬遼太郎の名は、ずっと前から常識として知っていたが、ボクは小説が苦手な性分である上、国民作家の肩書がどうしても陳腐に思えた。
しかし、『坂の上の雲』での渡辺謙の原文の朗読を聴いていると、文体がとても好印象だった。
司馬遼太郎の人柄が伝わってくるようだった。
それは歴史に共感できたであろう才覚である。
明治という時代について、明治人の意識について、とても正確に共感できたであろうとボクは思う。
それはやはり司馬遼太郎の才能であり、歴史好きが追い求めるものそのものである。
司馬遼太郎の歴史への共感こそが司馬史観を生み出す原動力になっていたのであろう。

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