2009年12月31日木曜日

倫理的な言葉の使用

25日の事だ。
『山椒の実』という近親相姦系のエロ同人誌を読んだ。
この内容がまた類をみないほどディープで読者に対して鬼畜なものだった。
その内容は、同人誌の鬼畜系ファイルを参照してもらいたい。

読後、どうにも消化不良なところがあり何度も頭の中で物語を追っていた。
今さっきまでそうだった。
消化不良、つまりあの物語を思い返すと、どうにもむかついてならない。
なぜだろうか、それを考えていた。
ボクは変態だからたいていのプレイに関して知識があるし、興味も並々ならないほど持ち合わせている。
だから、近親相姦だの輪姦だの羞恥プレイだのに関して、あまり抵抗がない。
むしろ、より大きな興奮を歓迎するつもりでいる。

しかし、もちろんボクなりに意識しているところがある。
それは、言いかえればボクなりのルールやポリシー、倫理にも当たると思われる。
だから、ここで一度、それを文章化して整理してみようと思う。
整理すると言っても、そんな大それたことではない。
とても簡単に済む一つ、二つのルールを提示するだけである。

ひとつに、「喜びのない行為の禁止」である。
ルールというものは少なくともそれを享受するに値する人間にのみ当てはめることができるのであって、ルールを享受することに値しない人間、もしくはそれを喜ばしく思わない人間に押しつけることはしない。
たとえば、人妻を強姦しようとする。
相手もその気ならば、ボクはそれを「あり」と判定するだろう。
しかし、彼女の良心を傷つけるものならば決して許される行為ではない、そう考える。
サッカーはサッカー好きでやればよいのだ。
これは、ボク個人はもちろん、一般的にも理解を示してもらうことのできるルールではないだろうか。

ひとつに、「輪姦の禁止」である。
これは、第一のルールとは打って変わって、ボク個人の思いが反映されている。
ボクはチームが苦手だから、たとえ女を襲おうという展開になっても、誰かと組んでやるということはしないと思う。
個人をこよなく愛するボクなら強姦のときもひとりだろう。

これぐらいだろうか。
ルールというか「趣」になったのかも。
「ボク好み」とも言い換えられる。

しかし、絶対に公表したいと思ったのは、第一のルールである。
ボクが強姦においてもあれを適用させろと言ったのは、「強姦のなかにも倫理がある」ということを知ってもらいたかったからである。
言っておくがこれは、ただのきれいごとではない。
強姦にもある程度の「縛り」、つまりルールが存在している方が粋だと思うからだ。
花魁は、遊女であり、売春宿の高級売春婦でありながら、気高いほどのルールと上流階級の教養を身にまとっていた。
それにより、並みの客では金銭的にも教養的にも決して手が出せなかった。
そして、それがその時代の常識であった。
「花魁のルール」の存在をボクは素敵だと思っている。
ルールがあるからこそ、何かどっと溢れ出んばかりの情熱をこの身に込めることができる。
なかなか表現しにくいが、きっとルールの縛りは一種のマゾヒズムに浸ることができ、高揚感に浸ることのできる手段なのだろう。

強姦のルールがもし社会的に常識と化し、一種の空気になったとしたら、世の中の質は確実に変わる。
もし、女子高生が男数人に輪姦されたとする。
輪姦している最中に、女子高生の気分はまったく高まらず、性的興奮も起きなかったら、男たちはその場で手をついて謝りだすかもしれない。
ボクはそういう場面を面白いと思うし、それ以上に素敵な社会だと思う。


ルールといっても、やはり明記できない部分もある。
ボクが『山椒の実』の読後に感じたむかつきもボク自身が消化するのに2日を要した。
裏を返せば、ルールが無意識化する、マニュアルがオートになる、それがボクの理想体である。
それには、細かなところまで指摘して、やっとボクのむかつきは収まるのだろう。
あのむかつきの根本についても言及しておこう。
つまり、その細かな指摘である。

あのとき感じたのは、哀れでもなく悲しみでもなく、むかつき、苛立ちであった。
それは、「無責任な言葉」への疳癪だった。
ボクの倫理は、特に言葉に向けられるものが多い。
それは、ボクが読書や書道、詩、歌など言葉好きだからであり、言葉に対する責任にもたいへんこだわる主義だからだ。
言葉はコミュニケーションの主柱だ。
だから、たいへん慎重に扱わなければならない。
ボクはそれを言霊信仰と同等の信仰だと考えている。
その信仰はやはり自己教育の賜物であると思う。
ボクの根幹をなす倫理思想は今も変わらず新渡戸稲造の『武士道』に依拠しており、『武士道』の「緊張」を至高の倫理にしたいぐらいに思っている。
武士は自分の言葉に命を懸けているという。
これは、言葉を扱ううえで最高の倫理ではないだろうか。
日ごろ使う言葉と滅多に持ち出さない命を同等に扱う。
これほど潔いと感じるものはない。
ボクはこれを、人生を懸けて実践しようと思っている。
そんなボクにとって、『山椒の実』のなかで結果的に悲劇的結果を生み出す安易な言葉遣いには我慢ならないところがあったのだ。
あの作品は、悲劇としてとても素晴らしい内容である。
もちろん、そういう芸術の視点もボクは持ち合わせているつもりだが、やはり染みついた倫理はあの言葉の安易な使い方に牙を立ててしまうようだ。

石鹸フェチ

最近はこまめに手を洗っている。
インフルエンザ予防のためなのだが、それがどうにも気持ち良くなってしまった。
インフルエンザウイルスというのは石鹸で対処できるというから、帰宅の際、食事の前、はもちろんのこと、少しでも手が汚れたと思ったら即、手洗いである。
石鹸を使うのは面倒だと考えていたが、今はあの固形を手のなかで転がすことが楽しくてしょうがない。
角が手のツボに当たると気持ちいい。
それに少しずつ無くなっていく様子が分かるところも観察のしがいがある。
使っていくと全体的に丸くなり、かわいい形になる。
あんなかわいいのにぬるぬるしているから手から逃げようと頑張っている、まあそう見えるのがまたかわいらしい。
ふと手を強く握りすぎたせいでツルンと逃げ出した時の感触がたまらない。

確かに手を洗うときれいになったというのが手の質感でわかる。
脂が流されているからだろうか。
水だけで洗った時にはない質感であり、あれも相当癖になる。
もともとボクは潔癖症のきらいがあったから、そういうのにははまりやすいのだ。

いまどき、世間一般では石鹸はあまり使われていないのだろう。
ボクの家にも、大量の未使用石鹸がある。
ボクにとってはそれを眺め、臭いをかぐだけでも悦に入る体験なのだ。

司馬遼太郎 歴史の共感から司馬史観

先日、3年間にわたって放送されるNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』の第1章が終わった。
明治を舞台に、それも軍隊を舞台にしたドラマは珍しく、その上、豪華キャストで3年間に渡って放送する力作ともなれば歴史好きとして見ないわけにはいかない。
軍隊モノといえばどうしても終戦記念日に流れるような暗い、過去の過ちを反省するような内容に傾きがちだが、『坂の上の雲』は司馬遼太郎の司馬史観を忠実に反映させようとしているためか、「明るい明治」をコンセプトにしているようで観ていて面白い。
西欧列強の脅威が目前に迫っている明治初期の日本の国家的な奮闘が、このドラマが描きたい「明治の色」のようである。
明治から太平洋戦争終戦まで一つの波と考えれば、明治初期から日露戦争まで上り坂、そこから先が下り坂なわけで、この波が司馬史観なのである。

ボクはそもそも「史観」が好きであった。
きっかけはマルクスの唯物史観論であり、歴史好きも相成って「歴史の見方」に取りつかれてしまったようだ。
司馬遼太郎の名は、ずっと前から常識として知っていたが、ボクは小説が苦手な性分である上、国民作家の肩書がどうしても陳腐に思えた。
しかし、『坂の上の雲』での渡辺謙の原文の朗読を聴いていると、文体がとても好印象だった。
司馬遼太郎の人柄が伝わってくるようだった。
それは歴史に共感できたであろう才覚である。
明治という時代について、明治人の意識について、とても正確に共感できたであろうとボクは思う。
それはやはり司馬遼太郎の才能であり、歴史好きが追い求めるものそのものである。
司馬遼太郎の歴史への共感こそが司馬史観を生み出す原動力になっていたのであろう。

もっとスケールの小さい国へ

坂本龍一が雑誌のインタビューで言っていたのだろうか。

地球温暖化の原因が二酸化炭素であるにしろないにしろ人類は二酸化炭素や汚染廃棄物が出る産業をやめるべきである、と。

この通りに行っていなかっただろうが内容は間違い。

ボクはこれを読んで、「センスがある」、そう感じた。

ボクは田んぼに囲まれた田舎者だ。

だから、たとえ地方都市でも市内中心部に行くと人ごみの多さに圧倒され、生理的に嫌悪してしまう。

大量生産する工場にも吐き気がする。

ボクの生活というのは明らかに現代のものであるが、規模はたいして先祖と変わりはしないだろうと思っている。

人間の本質がそう何百年で変わるはずがない。

ボクがパソコンを使い、ケータイを使い、電車に乗り、飛行機で海外に数時間で行ったとしても、その感覚というのは、いたって一般的で穏やかなものに留まり、江戸時代の先祖の感覚の規模とそう変わりはしないであろう。

ややこしくなってしまった。

つまり、江戸時代の先祖が滅多に行けない隣町へ出かけることが叶ったことと、ボクが東京へ遊びに行けるようになったことは常識的に考えても同じスケールの感覚で測ることができ大した驚きはない。

人間の暮らしと言うのは慣れが常に伴う。

慣れないのはむしろ技術力が急激に膨らむように進歩していったことである。 

技術力はまるで落ち着くことがないように走り続けている。

人間は必ず落ち着くようになるものだが、技術力はそうではない。

ただ、走り続けている。

それをたまに感じると驚き、圧倒され、気持ちが悪くなるのだ。

誰も永遠に肥大化していくものを見たことはない。

技術力だっていつかはストップが来るはずだ。

もしくは破滅が。

ボクは技術力を人の発明だとは思っていない。

人が発明し、人の力になりえたとは決して思えない。

あれはどこかにあったのだ。

化石は人が作るのではなく、地中から掘り出すものだ。

技術力も化石と同じように、どこかにあるものなのである。

ボクはその眠れる獅子のような技術力が恐ろしくてたまらない。

アインシュタインは原爆の製作に手を貸してしまったことを戦後悔いていたというが、ボクは、きっとアインシュタインは発明家としてではなく、発掘者として悔いていたのだと思う。

あれは人が持つべきものではなかった、そう思ったのではないか。

技術力の進歩は一般的に善だ。

人口の増加も善だ。

少子化だからではなく、人が生まれるという意味で善だ。

しかし、日本は少々膨らみすぎたのではないだろうか。

日本の平地は少ない。

もともと、島国の上山脈が通っており、山と海の間も狭い。

そんな国に1億数千万人の人口は多すぎではないだろうか。

もうちょっと少ない方がもしかしたら便利なのではないだろか。

人ごみ嫌いを当てつけに言っているのではない。

山と日本人

旅と言っても、部活動の遠征や全国大会で行ったことだが、ボクにとっては見聞を広めるための重要な旅になった。
そこで気付いたことは、日本の山の多さである。
ボクは山に囲まれた田舎者だから都会というのはきっと山とは無縁の場所なのだろうと勝手に決め付けていた。
しかし、2008年に東京へ行った際も少し高いところからなら遠くの山が見えるし、今年行った長野県も奈良県も山に囲まれていた内陸である。
そこで感じ取ったのは、きっと日本が成り立つ上で「山」と言うのは決して無視できないだろうということだった。
それは思想史とか宗教史からそう考えたのではなく、特急や新幹線に乗ると必ず山を通る。
そのときにいくら都会生まれの都会人でも車窓から見る山の風景には何か思わずにはいられないだろう、ということに気付いたからである。

山と都会が決して切り離されたものではないことには旅の途中に気がついたが、今気付いたのは山と都市の距離である。
江戸時代は平城の時代であり、平野に街があり、街の真ん中に城があり、街というのがどこに行っても文化、政治の中心となった。
となると、行けないわけではないが山というのは遠く、都市とはまた別の世界であるという意識が生まれても不思議ではない。
そういう意識というのはいまでも十分、日本の成り立ちを支えているのではないだろうか。

本-Part2-

本について、と言うとどうしても、「その内容の事だろう」と身構えるのが普通である。
しかし、今書こうとしているのはそういうことではない。
「装いとしての本」のことである。
こういうことはあまり語られない。
雑誌や新聞なら必ず書評が載っているが、「内容を抜きにした本」について伝えようとしたり、語ろうとしたりすることは一般的なことではない。

あいかわらず、本がおかたいと思われているのは、そこに関係していると思う。
おしゃれするように本を読む、デートのように本を読む、スポーツみたいに本を読む。
そういうのはまるで読書の邪道のように思われがちだが、ボクはこういうだらしない読書が大好きである。
本を寝ながら読んだり、物を食べながら読んだり、線を引きながら読んだりすることは読書を修行のように考えている人たちには想像がつかないほど楽しいことである。
ここまでだらしなく、言い換えれば、ずっと自由な運動として読書を捉えた場合、読書はきっと「歩く」と同じレベルで行われる「動作」になるだろう。
読書という行為はそれだけ広くて深いのだ。

道がそれた。
「内容を抜きにした本」とは、いわば本のデザインの事であったり、外装の事であったり、挿絵の事であったり、配色の事であったり、フォントの事であったり、文字の大きさの事であったり、文字の間隔の事であったりとほんとうに枚挙に暇がない。
フォントは明朝体が好みだが人名はゴシックの方が好きである、とかそういうところまでいって本当に本好きなのではないのか、最近はそう思う。
本は、ボクにとってツールに留まらない存在だ。
本はただ単に速読して内容を理解し頭に知識として納めておけばよい、といういわゆるビジネスマン的読み方を好きにはなれない。

本という趣味がある、そう表現してもよい。
本は作者の分身だ、よって読書とは間接的に作者と会話することだ。
先ほどのビジネスマン的読み方は知識の収集だが、僕にとっての「本」とは人との会話、それも雑談のようにとりとめもない話を延々と続けるようなものである。
宮本武蔵や柳生石舟斎のような武芸者は剣によってのみ生きる己の人生を「剣」と表した。
剣を究める、というような感じだ。
ボクもそれに則って、読書から本のデザイン、本という存在を隅々まで味わいつくす人生を「本」と言いたい。

2009年では、杉浦康平の装頓に感動したことから「本」への興味が始まった。
面白い本というと内容だけを指すようだが、もっともっと広い意味で面白いことがあることに気がついた。
今は、よさげな本を手に取ると外装や本の重さ、紙の質、匂いにまで注意するようになった。
そういうところまで来ると、一般的な読書好きから見ると変態扱いされそうである。
しかし、そういう道楽者の変態であることは本好きの勲章である、そう思う。

音楽

音楽はまだ書くのが楽で助かる。
そんなに手を出していないからだ。
もし、これが本だったらまずこんな気分にはならない。

まず、マキシマムザホルモンからだ。
マキホルは2008年の8月に知った。
彼らの音楽はロックでもえげつないものに含まれるのだろうか。
そもそもボク自身、音楽界全体を見渡せていないから自信のある意見を持つことができない。
しかし、マキホルのよいところぐらいわかっている。
それは、どの曲も「さわやか」であることだ。
詩もメロディーも汚らしいが、全体を通して聴いてみると心のなかをすっと透き通ったものが通り過ぎる。
「青春」というに文字が似合う。

次に、RADWINPS。
ラッドはそんなに曲を知らないが、「おしゃかさま」から聞いた。
彼らの曲もマキホル同様、特有のメロディーを持ち、付け加えて「生の肯定」をメインとしたメッセージ性の強い歌詞があるので10代のなかでは広い人気を博しているとか。
やはり、ラッドにしろマキホルにしろミクスチャーロックの分野にも入っているから、次の曲は全然ちがう感じの曲かもしれないと期待してしまう。
これがボクの音楽に関する嗜好である。
ラッドはボーカルの声のゆるさとその声が放つ歌詞が見どころだ。

次は、坂本龍一。
NHK番組「爆笑問題の日本の教養」で登場してからボクは彼のファンになった。
まず、そのヴィジュアルのよさに惹かれた。
白髪で渋みのある顔つきなのに声は少々甘い。
その音楽への追及の姿勢や思想には日本で言うところの「ミュージシャン」より「アーティスト」の方が似合う。
前々からYMOには興味があったが、坂本龍一のピアノ演奏や作曲には彼の才能を確実に表しているものがあると見える。
特にボクが夢中になったのは、映画『ラストエンペラー』の『THEME』である。
中国楽器を用いたあの曲には映画を観る前から心を奪われ、きらびやかで麗しい中国王朝、具体的に言えば紫禁城を思い浮かべた。
勝手な妄想であるが、朱色に包まれた宮殿内部、無駄に光を帯びている金細工、厚い刺繍が施されている着物。
この曲を聴いていると、王朝文化や雅のこころに触れることができるのかもしれない。

坂本龍一があの番組でいろいろ音楽を紹介してくれたおかげで放送した9月から聴く音楽の幅がどっと広がった。
ひとつに相対性理論がある。
あのリズムにはどこか拍子抜けさせるところがある。
良くも悪くもない意味で期待外れなのだ。
歌詞もメロディーもバンド名もバンドの存在自体も非常にサブカルの色を帯びている。

またひとつにボブ・マリーである。
高名なボブ・マリーのことはもちろん前から知っていたがなかなか聴くのに踏み出すきっかけがなく困っていたところだった。
こういう行動に踏み出すきっかけというのは、どんなにくだらないことに関しても、大事なことである。
ボブ・マリーからボクはレゲエに入門した。
レゲエを始め南米発の音楽はやはりリズムが命。
そして、そのリズムを生み出すのには即興が一番である。
本番こそ創作なのだ。

今最近のお気に入りは東京事変だ。
これも詩とメロディーを買って聴いているのだが、椎名林檎の歌唱力には驚かされる。
ミクスチャーロックバンドはしっかりとした基本的な力を保持していながあら、挑戦するから必ずあたりの曲がある。

他に例をあげれば、まだまだボクに影響を与えた音楽はあるのだが、まとめるとざっとこのようなものだろうか。

剣術、というより剣についてだ。
剣術の技を新たに覚えることはなかった。
効果的な「剣の振り」のみを研究してきた。
何度も繰り返して柄を握るだけの行為だが、意識して握るだけで振りのきれも断然に変わる。
握らない握りを意識したおかげで早く滑らかに振ることができた。
効果的な支点を押さえておけば、強く握る必要はない。
また、納刀や抜きを繰り返したおかげで刀が一層手になじむようになったうえ、刀が軽く、短く感じるようになった。
やっと、「剣のひと段落」を着くことができた。

これらの実績の裏には、ボクのモチベーションと発想を支えた本がある。
ひとつは、2月あたりから読みだした、『範馬刃牙』である。
こういう筋肉系バトル漫画には疎かった上、少し嘲っていたので手に取った時は大した期待はなかった。
しかし、読んでみるとキャラクターの確立やストーリー、画、セリフに夢中になった。
全体にリアリティと非リアリティが交差しており、読み応えのある漫画だった。

また、ひとつは、甲野善紀だ。
2年前から気にはしていた甲野善紀の書籍を再読、文庫本を2冊中古で手に入れ読んだ。
彼のやろうとしていることは非常に自由な研究だから少し憧れを抱いたものだ。
彼は、効率的な体の使い方を追究しているわけだからボクと重なるところがある。
彼は禅や科学にも造詣が深い。
そのおかげか彼の本の言葉から発想が生まれることもしばしばあった。

そしてまた、ひとつは『バガボンド』だ。
佐々木小次郎編から伊藤一刀斎のキャラクターにほれ込んだ。
『バガボンド』は画がきれいなうえ、毛筆をつかうからか読んでいると剣を振りたくなる。
「ゆるい」剣を『バガボンド』から学んだ。

本以外では、アニメ『BLEACH』のMADムービーをYou Tubeで見てインスピレーションを受けた。
内容は、更木剣八の活躍を洋楽に合わせただけのMADだが、更木の思想がよりあぶり出されるようなところに惹かれた。
更木の闘いは、バガボンドの求道性とは真っ向から対立し、粗野な切り合いというものに固執しており、2009年はバガボンドの求道的な剣と更木の粗野な剣を交互に、もしくはデュアルに、もしくは同一視していた。

「インスピレーションの源」をテーマにまとめてみた。

芸術

2009年は、やはり「日本数寄」に触れた一年であったと言える。
昨年は、どちらかというと西洋絵画にばかり近づこうとしていた。
ダリのシュルレアリスムから始まり、ボッティチェリから始まるルネサンス、バロック、ロココ、ロマンなどどんどん西洋絵画史を追っていくようなところがあり、それはそれで「全体を観る」という歴史を考える上で不可欠なポイントをさらって行けたような気がする。

やはり、歴史好きが高じてか一つでは満足できないところがボクにはある。
どうしても少し高いところから全体を見降ろし、全体と言う一つを観察したくなる。
いわば、オーケストラの指揮者のように部分と部分を繋ぎとめ、かつそれを単体として、単体同士の調和を図る。
ボクは何事においてもそれを得意としてしまう。
やはり日本の数寄文化を研究し言及する際も、それを始点として、また色眼鏡として用いてしまう。

日本数寄、やはり影響を与えているのは松岡正剛。
たしかに彼の日本文化論には定評がある。
しかし、そんなこと以上に、彼は、ボクに日本文化の楽しさを教えてくれた人生の師とも言うべき存在だ。
そもそも、ボクは中学校のころから本からとても興味を持っていた宗教に関する知識を集めていたから、どうしても学ぶ上で文化に関する造詣も深めていく必要があり、その途中現れた松岡正剛の協力もあって「文化の面白さ」というものにすっかりはまってしまったのだ。

数寄といえば、まず琳派。
そうボクのなかでは理解している。
琳派の心、精神こそが日本の数寄そのものなのだ。
BRUTUSを初めて買ったのも琳派の特集号だった。
琳派のこう一見何の変哲のなさ、あまりにわかりやす過ぎて反応しずらいところに返って考えさせられる。
特に、本阿弥光悦は『バガボンド』のなかで憧れを抱いた存在であり、彼から、研ぎや刀についての興味を与えられた。
また、光悦の茶碗や書にも共感した。

また、城や数寄屋など好きな建築物、文様や色など数寄な和の色についても興味を持つようになった。
それはやはり扇子にこだわっているせいだろうか。
前々から護身用に鉄扇を買ったり、人にプレゼントで扇子を送ったりしている。
扇子を開いたり閉じたりの運動を繰り返すとどうもいい感じに手の力の入れ具合が理解できる。
また、扇子の骨、竹細工にも興味を持っている。
茶さじや茶筅などの茶道具も骨董の一種として手を出したくなっているものだ。
ボクは竹が周辺から簡単に手に入るため、自分なりの作品を竹細工で造ってみたいと考えてもいる。

数寄というのは、一種の美意識を持ちこだわること、そう理解している。
そう考えると、ボクはシンプルなものが好きだから、負の作用を使った数寄というものが性に合うらしい。

現代アートにも数寄は大きく取り入れられている。
それを知ってから、現代アートにも興味を持てた。
村上隆や会田誠の絵には、やはり日本数寄がある。
また、日本の再発見を特集にしたBRUTUSUからは、ブルーノ・タウトや岡本太郎などメジャーながら、とつきにくかった人たちについても近づこうできた。
彼らは芸術について言及しているうえ、近代の芸術を語る上で大きなキーマンとなっている。
大きなキーマンに触れられれば、どんどん新たなキーを引き寄せることが可能となる。
それは何をしていてもけっしてないがしろにはできないことなのだ。
それが、芸術を考える種になるのだから。

性についてである。

彼女もなにもいないくせに性に関することにいろいろと調べたがる。
これについては異常かもしれない。
そもそも性について、ボクは、相当な人間だからSMもソドミーも死姦もけしてやぶさかではない。
そう、あぶないのだ。
それを2009年に再認識した。
ボクは好戦的な人間でもあるから相手を行為の最中に殺さないか自分のことながら心配である。

男色については2009年上半期から11月に至るまではとても盛んであった。
BL雑誌も買ったし、『美少年』のエロティシズムの耽美には胸を打たれた。
そもそも、男色というは異常であり、短い人生においてすら短い寿命を持つ行いであるようで、成立すら極めて珍しい。
それに気づいたとき、耽美について学びそれがエロティシズムととても深いかかわりがあるのだと理解した。
美しくかつ短命なものには誰しもが興奮と性倒錯を感じ得ない、そう考えるようになった。

今はむしろ女色のみしか受け付けない。
それも強いのはアナル嗜好だ。
アナルに関するものを観ると、居ても立っても居られない。
あの行いに何の意味があるのか、もしくはその格好、まるで串刺しである、それを探りたくてたまらない。
羞恥の対象であるアナルをいじられれば何かしらの興奮が起こらないであろうか。
これは至って原始的に感じる。
アナルは膣よりずっと強く穴の印象がある。
肛門の見た目、腸内部、拡張された様子はまさに穴そのものである。
あれに何かを差し込みたいと考えるのはボクだけだろうか。
浣腸、脱糞、ドジョウ、ウナギ。
一般的には異常ながらもボクが興奮する対象たちだ。
ボクならそれ以上の妄想を起こす。
肉付き始めたきれいな人妻のアナルに沸騰した油を注ぎこみたい。
狂った顔、異常をきたす人体、焼けただれたような肛門、そのすべてに性的興奮を覚える。
また、ボクは脱肛の写真を観て、その醜さにとても妄想を掻き立てられた。
清楚で、それでいて大人びた体を持つ美少女、しかしパンツを脱がせれば脱肛。
これほど素晴らしい景色はない。
まさかこの美少女が決して人に見られてはいけない場所に怪物を潜ませていたとは、そう思うだけで鳥肌が立ち。
彼女のはみ出た腸を踏みつけたくなるような気になる。
彼女はどんな顔を見せてくれるだろうか。
きっと痛くて、もしくはその痛みに匹敵するほどの羞恥を感じ、殺し欲しいと言うだろうか。
どうやら話が妄想にずれてしまったようだ。
とにかく、ボクは異常性癖を持ち合わせているわけだ。

異常性癖から派生したのかもしれない。
2009年は、エログロの世界にも興味を持ち始めてきた。
たとえば、村上隆や会田誠のアート、江戸川乱歩や三島由紀夫の古めかしくも確かに感じられる妖艶で気色悪い官能である。
エログロなのは、ボクの性癖としてもこれらを受容していくのも芸術の一つなのではないだろうか。
そう考え始め、「性欲に身を任せた芸術」というものを構想している。
ボク自身が作ってみたいのだが、とりあえずそういう作品を探している。
とくに写真集、『妄撮』のような遊びとエロティシズムを両立できるような作品を探している。
あいにく高価だからポンポン買えるわけではなく、いまも書店で表紙を眺めているだけだ。
または、見捨てられがちなAVやストリップにももっと芸術の余地があると確信している。
<抜けるだけではいけません>をキャッチコピーにしたい。

体の部分で言うと、ボクは断然「巨尻派」なわけだが、最近は「巨乳」にも目覚めてきた。
アニメの影響からツルペタが性に合うと自分なりに確信していたのだが、どうやら同人誌を毎月数百冊観ていることにより巨乳のおおらかさというものに当てられたらしい。
最近は、「女性の胸」という思春期男子には確定的なテーマについていけるようになった。
そのせいか、女性の体全体に興味がもててきた。
きれいな女性像とは何なのか。
もちろん、見た目だけに限る話だが、ボクも好みというものを見出しておくべきかもしれない。
それも面白そうなことだと思っている。

「性文化」や「商業と性」というのも面白いテーマだ。
最近、資本主義の進歩と性について本で読んだから、歴史の裏で走り回る性欲についても調べていきたい。
どんな国にも性欲はあり、それらとずっと昔から向き合ってきた。
向き合い方には滑稽なものから猟奇的なもの、カルト的なものまである。
やはり、調べるには歴史と民俗学、文化人類学が必要になる。
まあ、できるならルポに出向きたいほどなのだが。
古代の神殿、売春地帯、売春宿、農村、神社、ラブホテル、出会い系サイトがそのフィールドになるだろうか。
そういうのを知的好奇心と性欲をハイブリッドした、もしくは並行した心持ちで挑みたい。



そもそも、ボクは小学生の時、猟奇的な性癖のイラストを載せているサイトから性欲を覚えた。
最初が、そのように始まったせいか性欲の質というものが真っ黒で、そして量も並々ならぬもののようだ。
前述の通り、これを芸術に転嫁させられれば最良だろう。

「本」についてである。

1月からe-honを利用するようになった。
理由は、これを利用すれば購入時のポイントが2倍になるから、それだけだった。
ボクはケータイで注文しているから、いつでも「本について調べられる」ようになった。これが楽しみにもなった。
本というのは比較的安価でありながらオリジナル色の強い工芸だとボクは考えているので、本を買うという行為も立派な趣味になりえるのだと今年のはじめに実感した。
また、e-honのおかげで読む本の分野も広がった。
ボク自身あまり偏食しないように努めている方だし、それが癖でもある。
そもそも10代の読書範囲というのは、まだ確立されていないから、すこし生意気な意見かもしれない。
それでも様々な本と出合えたことは純粋に嬉しいことだ。
本を知るということは人を知るということだから、ボクは2009年ほんとうに様々な人たちと出会ってきたと言ってもいい。

たとえば、小林秀雄である。
小林秀雄は批評家として、まず名前を知ったから批評についても興味を持ちだしたが、それ以上に彼の思想家としての広い視点と鋭い洞察力には閉口した。
こういう人間が数十年前にはいたのかと昭和初期の日本に興味を持ったし、思想についても学問についても読書についても彼を中心に考えると面白くなった。
ちょうど、You Tubeで小林秀雄の講演が流れていたので、それを聴いて、より彼の思想と人となりを深めていった。
小林秀雄のような、いわゆる「知の巨人」、知識人というものがどの時代も必要になるはずだろう、と思った。
彼からはまた、古物、骨董についても学んだ。
骨董の世界にずっぷりはまっているわけではないが、半分足をとられているようで、茶入が欲しいと思っている。

本を読むとどうしても本同士の縁によって次読む本というものが定まってくるものだ。
小林秀雄を読むと、どうしても白洲正子や青山次郎の本に出会ってしまう。
そして、彼らがどんな人間かを知ろうとしてしまう。
彼らは青山次郎率いる青山学院のメンバーであり、その逸話はひと昔前の作家たちの間では常識だったらしく。
けして今の作家たちにはないであろう臭いが漂っているように思う。
それはやはり昭和という気難しい時代を反映しているようで、キラキラした部分からどす黒い部分まであり、平成生まれのボクから見れば非常に野性的で生きている心地のある者のように見える。

2009年は哲学関係にはあまり手を出さず、デザインや美というものに近づいていったように思える。
それは先ほどの骨董だったり、明治以前の日本建築だったり庭だったり、そこに一貫している「数奇」の思想を感じたくてたまらなかったと言ってもいい。
バガボンドの本阿弥光悦に憧れ、また琳派に関してとても興味を持っていたから県で行われた国宝展にも足を運んだ。
国宝というのはやはり美しさをどうしても感じてしまう。
それが権力がらみの錯覚かもしれないが、きれいだと思うことがあることはよかったと思う。
デザインでいえば、まだ本にはちょっぴりしかふれていないが原研哉、もしくは動画で考えを拾っている佐藤可士和にはこれから歩み寄っていきたい。
デザインや美に興味を持ったからか、何かを製作しようという気が高まった。
今も年賀状を書いているが、今年はパソコンで作ったものにも一工夫をいれ、配置や文字のフォントにも気を付けている。

あいかわらず小説には近づこうとしなかったようだが、とらドラ!を機にライトノベルも捨てたものではないのだと気付いた。
シェイクスピアや石田衣良、桜庭一樹の小説は100円で手に入れたものがあるから積読してあるが読む気はまだ起きない。
それでも前よりは読んだ方がいいと思えるようになってきた。

ボクが買うというと、新書と文庫本がほとんどだが、それも相変わらず方法だとか人生だとかを視点にしてしまう。
というのも、今年もやはりキーマンは松岡正剛。
彼の動画もいくつかのサイトで拾い、いろいろ教わった。
彼についてはいつも書いているから省略するが、2009年はより一層彼の働きが世の中の表面にも表れたのではないかと思う。

2009年は昨年から買い始めた雑誌をより広く読み、広く買うようになった。
BRUTUSは面白い刊のみを買うようにしている。
雑誌というのは早く読んでも内容が理解できかつ面白いのだから立ち読みで10冊以上はいつも読んでいる。
経済系の雑誌を図書館で借り、数十ページもコンビニでコピーした。
雑誌は雑に取り扱い、ガンガン読み砕き、破り読みしていくのが一番だ。
まあ、それでも大事な刊はとっとくけれど。
とにもかくにも、書自体が動かない者の象徴でありながら、雑誌は明らかに「流」な存在だ。
「雑」な本、雑誌、遊びの本だとわかった。

漫画に関しては、淡白だ。
コマと絵と文字の書、この面白さにやっと気が付いてきたが、相変わらずあまり買わない。
集めるのはバガボンドとBAKUMANぐらいのものだ。
ジャンプは立ち読みで済ましている。
しかし、いまから漫画に使ってみようと企んでいる。
「さよなら絶望先生」を読んで、漫画でも「社会」を扱えるのだとわかった。
漫画は育児からBLまで分野が多種多様だ。
もっと読んでおきたい。
面白さというものはやはり漫画が一番伝えてくれるメディアだ。

来年はバイトをして旅やレジャーにも挑戦と考えているが、本の方にもいくらか回そうと考えている。
特に、画集集めをしたい。
いまはとても高く、手を出すのは無理だが、バイトをすれば不可能ではない。
琳派の画集、特に骨太なやつを一つ持っておきたい。



なんだか久しぶりに長い文章を書いたから、読んでみてホントに不細工な仕上がりだと感じた。
ショックだが、いい経験だ。

隣の書棚を除きながら、本文を書いた。
2009年には書棚の本の並びも一度変えて遊んでみた。
本とはもっともっと深く広く付き合いたい。素朴だが純粋にそう思う。

2・0・0・9

また、かなりブログを休んでしまったが年末も近いので「2009年を思い起こす」というテーマの下、何かそれなりのものを書き残しておきたいと思った。

ゼロ年代も終わる。
ボクは18歳だから、ゼロ年代が青春であったと言えるだろう。
21世紀の初めの10年が終わり、歴史もそれなりに築かれたのだろうか。
ボクはどのような時代に生きたのかさっぱりわからない。
とにかく、これから起きることの下積みはいくらかできただろう。
それを少しでも感じたくて、これを書くのだ。