2009年10月17日土曜日

貴族性と武士性~素人歴史考察~

さっき考えていた。
貴族と武士のことである。

貴族と武士の生活の制度や様式こそ違え、起源は同じではないか。
貴族だって戦っていた者ではないか。
武士が歴史上に登場するまで軍を率いていた者はだれか、武官である。
立派な貴族の役職である。
貴族のイメージはどうも源氏物語のような国風文化が確立する平安時代中期から後期に由来するようだ。
どうもなよなよして甲高い声でしゃべる顔の白い弱腰の男、草食系男子の性質に近いだろう。
もしくは「女ばかりにうつつを抜かす」など光源氏を誤解したイメージもあるかもしれない。
また、愛憎渦巻く宮中、嫉妬と欲望のドラマというイメージも確かにある。
しかし、貴族だって兵がいただろうし、武に打ち込む質実剛健な者もいただろう。

ただ、武士が出現したからには「武」は武士のものとなったのではないか。
いやしかし、武士が出現しただけでは、「武」が貴族の下から去るということに直結しない。
貴族がいくさの指揮を執るかもしれない。
武士の出現ではなく、武士の台頭にこそ「武」の移動があったとみえる。
武士がいるからには貴族が武装する必要はない、「武」に関わる必要はない。

ただ、貴族性は必ず階級社会では現れる。
武士も上位の者になればなるほど貴族性が現れ、特に太平の世の中では貴族型の生活を送った。
特に江戸時代は、武士から戦国時代のような荒々しさを取り除くことから始まっているから貴族性が現れた官僚型の高級武士がよく見られる。
それも太平の世の中のおかげであろう。
武士を「武」張らせないようにしたのだから、貴族になるのも当たり前である。
もちろん、これは高級武士の場合であるから、下位の武士は「武」張ったものが残っている。
だから、幕末の英雄たちは剣の腕があった。
唯一、残っている「武」張ったもの、武術を継承していったのは、下位の武士、貧しい武士たちであった。

話は、貴族性と武士性が歴史的な社会のなかで人間の型として存在し連動していたという歴史スペクタルな部分に到達した。

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