一日だ。
日ごろ思うのは、一日目があって本当に救われるのだ。
人間どこかできりをつけないと気持ちが悪い。
一日のおかげで「今日から始めるぞ。」と思える。
仕事の目途も立つ。
だから、1か月単位で一日が来るのはありがたい。
10月はブログでどんどん頭の運動。
言葉が社会の根幹に据えられたまさしく「ソース」であることは間違いない。
ボクたちは滅多にそういうことを考えないから、言葉と社会のかかわりを言語学に託してしまっている。
しかし、ふと考えてしまうはずだ、それを。
難しいようだが、メールやブログが「氾濫」と言われるまでに社会のなかで市民権を得ているのだから、言葉の工夫は誰でも考えてしまう。
言葉がどれほどの力を秘めているのか。
漢字が象形文字から発達しているということにも大きく関わると思っている。
また、社会学と絡めると、東京に印刷業・出版業が多いのも、これに関わるからだと思っている。
首都で、つまり、政治の中心で言葉を生産することは権力につながっているのだ。
元々、言葉を扱えるのは、上流社会の人間のみであったことは、文字が社会を形成する上で大きな意味を持っていたからだろう。
「言葉と政治と権力」
これが現代においても感じられる「言葉の呪性」だろう。
言葉そのものが呪文である。

0 件のコメント:
コメントを投稿