終戦記念日8月15日も過ぎ、今年で終戦64周年だとか。
確かに、太平洋戦争の被害と規模と残したものは大きかったはずだ。
あの戦争とその終戦が20世紀最大の出来事だったようにも思える。
ボクは20世紀終盤に生まれたから実際に記憶に残っていくのは21世紀からであろう。
ある意味、人生は0歳から10代から10代から死ぬまでのように思える。
ほとんど21世紀の人間だ。
それはいつか書いたように子どもと大人の区分のせいかもしれない。
そんな大人時代を21世紀から始めたボク、及びそんな10代、そしてほとんどの社会人は戦争を現実から外している。
そこは現代日本の特徴だ。
そしてそれはつまり、日本は終戦から新生したかのようにイメージされていることである。
なぜ、太平洋戦争終戦は記念されているのか?
それは終戦を記念することは新生を記念していることになるからだ。
原因はGHQの思惑だ。
終戦を記念することは、毎年毎年、戦争を反省させることだけでなく、それに加えて戦前の日本を否定させることになっている。
だから、日本はもっと戦前を再発見しなければならない。
江戸と明治が明らかに異なるように、戦前と戦後も明らかに異なっている。
ただただ首相が戦争についての反省を言明するだけ、靖国神社参拝を行うかどうかだけではなく、終戦記念日を戦前と戦後の境界と意識して戦前日本の再発見したほうがいい。
そうでなければ、相変わらずGHQにはめられて無駄に自虐的になる日本が存在してしまう。
終戦記念日を今までの自虐的路線からうまく逸らして、そして日本文化の再出発点にしようとするぐらい終戦記念日の日本は建設的でちょっと狡猾になるべきだ。

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