先ほど今月第1号のブログを製作しながら先月の反省をしていた。
6月はいたって多忙な日々であったからブログの更新もままならなかった。
たくさんのスケジュールをこなし、それなりの成果を手にし、同時に見出してきたつもりではあった。
だが、そもそもネットすらできなかった程であったのでブログにそれを載せられなかったのは残念である。
今日からの7月。
夏らしい月が始まる。
ボクのなかでは6月も8月も夏とは言い難い。
さわやかで思い出に残る夏のイメージとは7月をおいてほかにない。
入道雲が山や海にかぶさる絵図は幼い夏であり、真の夏だ。
かき氷、スイカ、水しぶき、プール、海、山、カブトムシ、川、サンダル、陽炎、マウンテンバイク、挑戦。
日陰、クーラー、扇風機、団扇、浴衣、祭り、花火、恋、日焼け、10代。
アニメ祭、漫画、ごろ寝、タオルケット、アイス、読書、宿題、31日。
夏は欲望の季節だからか言葉が次々に湧いて出る。
そして、きっとこれはそれらを一年中憧れ続けているからであろう。
それはすなわち、ボクがそれらを本当の意味で楽しめてきていないからで今までの夏を無駄にしてきたからである。
というより、夏には夏の過ごし方をダメにする効果があるようだ。
それは皆がうなずくのであろう常識というかいわゆるデフォルメである。
ボクは上記の夏のイメージの情景はすべて小説や歌詞、アニメ、漫画などで収集したステレオタイプなのだ。
夏は絶対に無駄になるだろう。
そして後悔するのが夏である。
一年の中腹にあたるこの季節は一年の盛りである。
それは一生の中腹ともいえる。
であれば、「夏を無駄にはしたくない」が常識だ。
ものの本には必ず乗っているような言葉ではあるが、それは人生において大切で素敵なことのようだ。

0 件のコメント:
コメントを投稿