「積読」、一般的には少しだらしなさを感じる行いだろうが、読書家ならば積読はむしろステータスといったところじゃなかろうか。
最近では平積み用の書棚も販売されているようだから積読もひとつの知的なインテリアになるのではないだろうか。
本は平積みにしても、一般的な背表紙が見えるように立てても、平に立ててもどれも味わい深い。
その本の装丁やそのなかのフォント、そのなかの配色またはそのなかのイラストの魅力も本の価値の要素であることは本好きとして公言しておきたい。
本も一つのインテリアだ。
文字文化の結果たる本には人間の意識化におけるすべての魅力が詰まっていると思う。
それはやはり人間の意識というものが言語をベースとしているからだろう。
言語で整理され、それがまた言語に起こされる。
つまり、その言語同士の相互関係が人間の意識そのもののように感じるのだ。
そうなると、やはり文字文化は人間の文化そのものでもあるのだ。
そして、それは自然と本の素晴らしさや魅力を導き出すことになる。
だが、本をツールとして利用する人もいる。
むしろ、そうした認識の方が一般的かもしれない。
読書が衰退中の日本では人が一生のうちでも最も手にする本は参考書かもしれない。
そうすると、日本人の本に対するイメージも暗いものだろう。
そうして、みんな本から離れていくのは少し寂しい。
もちろん、本をツールとして建設的に役立てようとして利用する人は本の中身に重きにおいて装丁などつくりなど見向きもしない。
だが、本当のツールというのはデザイン性も一つの価値だ。
それが、デザインがないと、美的価値が伴っていないと本を読むのも苦痛になり、読み取る効率も落ちる。
本当に「読む」のならばもっと本を好きになる、これが最善の本との付き合い方なのではないか。

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