日々の暮らしのなかでクリエイティブな発想を捻出するためには工夫が欠かせない。
たとえば、これはそのひとつの例である。
それは「変化」の利用だ。
まず変化とはどのような変化か。
ずばり「環境」の変化だろう。
この「環境」もボクのお得意なコンセプトである。
では、環境を変えるとは具体的にどのようなものか。
例えば、部屋の衣替えを挙げる。
それはつまり、机の位置や書棚の位置を変え、壁紙を変え、カーテンを変え、カーペットを変えることだ。
もっと、簡単なことでは窓を開けることでもいい。
少々、自己啓発本の決まり文句のようにもなってきたが、周囲の環境を変えることで感覚が変化し、そしてそれに応じて自身の体質も変化するはずだ。
ここで押さえておきたいポイントは「目的に応じて変化を利用すること」である。
例えば、ボクが論文を書いていたとする。
そして、まとめにはいるところで行き詰った。
よいまとめ方が考え付かない。
発想の閉塞に至ったのである。
そうなったら、まずボクは「環境の変化」を方法として利用する。
ここからがボクが言いたい部分である。
そこでボクが環境としてファッションを使ったとする。
フォトT-シャツにデニムのパンツだ。
その時のボクの感覚はロックだ。
ではまた、Yシャツにスラックスだったとする。
その時のボクの感覚はサラリーマンだ。
ロックの感覚とサラリーマンの感覚は大きく異なり、その時同じぐらい脳がリフレッシュしたからといって同じまとめ方はしないはずである。
そこがポイントなのである。
自らの客観的評価からのイメージの差異が感覚の違いを生み出し、それが発想に大きく影響する。
そこをコントロールできなければ滅茶苦茶になるだけであり、利用法とは到底呼べない。
環境の変化は今まで何度も講じてきたが、今回はそれに利用法としての価値を高めるべくそのコントロールの重要性とその必要性を考えてみた。
なにかで行き詰ったら、ちょっと変えてみればいいのだ。
スポーツ雑誌を経済雑誌に「変」えてみる。
いつもの弁当を外食に「変」えてみる。
コーヒーを紅茶に「変」えてみる。
帰り道を「変」えてみる。
寄り道を「変」えてみる。
そうしてみよう。

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