2009年4月12日日曜日

琳派志向型

駅の中にある商店街、5つほどの店舗が入ることができるが4つが空き店舗状態。
商店街唯一の店、クレープ屋は昔からあり見た目70歳以上の無口の老婆が一人で経営している。
味も出来栄えも値段も納得のほど。
あの安っぽい店の外装もその味に釣られてかなぜか魅かれる。
何年もあり続けるような気がする店だ。
そうだといい。


「琳派」美術は必ず現代人に受け入れられるはずだ。
そして、それはよく「デザイン」だからだ、と言われるがそれで終わっては面白くない。
あの大胆な量の金箔や作品の題材はあまりに天衣無縫。
確かにデザイ性が優れていることは言うまでもない。
「雷神風神図屏風」はよくパッケージに使用されるし、「燕子花図屏風」は五千円札に印刷されている。
そんなよく見るデザインが「琳派」の一般的位置づけであることは間違いではない。
では、その位置づけが「琳派」は成金的思想の持ち主たちであったということは意味しない。
むしろ、彼らにとってはまさに「遊び」だったのだ。
生まれつき富裕層で暮らしてきた彼らにとって趣味に多額の金をかけることは数寄者としてなんら不思議なことではなかった。
むしろそれが嗜みというものだった。
より美を求めたらこうなりました、それだけの話なのである。
世界の大半の人間は金持でないからそれを否定したがる。
だが、彼らにとってはそちらの方が不思議なのだ。
価値観のずれか。
しかし、反富裕層のボクにも「琳派」たちが楽しそうに趣味に没頭する光景が目に浮かぶ。
きっと、自分の満足のいくものに金をかけて取り組む。
そこに「道」は作らない。
苦行ではなく、余裕の遊びとして笑顔の製作。
観るなら琳派がいい。

そう思う。

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