2009年3月22日日曜日

人間の野性を確認すると何かが変わる

一日の日程を書いてみると目覚めから始まり定期的な食事や排泄、そして睡眠に至る。
人間らしい行動はその間にとっていることがわかる。
我々人類もやはり生物の一種であり、いくら文化や文明を唱えても自身の生理現象を無視することはできない。
それを根底にした文化や文明でないと日常の実践は不可能であり、無意味な「きれいごと」にしかならない。

食事という生理作用からは、人類であれば必ず他の生物を殺さなければならない原理があるのだ。
それはステーキを食べている人も菜食主義者も関係ない。
食事、そこには必ず「殺し」が含まれている。
排泄や呼吸は自分だけで済ませられるから事足りるが、食事は「他者を殺さなければならない」行為だ。
「殺し、殺され、殺さず」
これがボクの食事の、人生を通しての食事に対する信条だ。
むしろ獣としての人間の生き方そのものかもしれない。
しかし、考えてみるとライオンも人間も、上の通りの生き方をしているのだ。
野蛮で食欲旺盛なイメージとは裏腹にライオンも食後は目の前をシマウマが通り過ぎてもなにもしないものだ。
「殺さず」は人間の特権のようで、ずっと昔から受け継がれてきた獣の遺志なのだ。
むしろ、我々、人類は「殺さず」をもう一度見なおすべきではないか。
無為自然とまで言い切りたくはないが、殺さない努力、戦わない努力は生きる上で必要不可欠だ。
それを見失うと我々の言う典型的な獣と化してしまう。

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