2009年3月20日金曜日

アニメ

そこに若年層の特徴がすべてあると言ってもよい。
そのジャンルの広さは文学の広さと肩を並べるほどになるだろう。
10年後にはアニメは大学の専門学科となるかもしれない。

ここで気になるのが「アニメ」がアニメーションのことを指さず、サブカルとしてのアニメというところだ。

言語論から言えば文化に根付いた概念は多用されるために略称が多く生じその度に少しずつ意味のズレが起こる。
この定義の曖昧な言葉こそ社会で氾濫する原因となる。
その言葉は浮いた言葉、生きた言葉だ。
辞書のなかで定義を固定している言葉はある意味死んでいるのではないか。

言語論はここまでとしてアニメがどのように若年層の特徴を表しているのかを論じてみよう。
たとえば、恋愛観についてだ。
その一種をアニメから得ている人間は多いのではないか。
確実なデータこそないが、ボクが学校で聞いている限りはアニメを多かれ少なかれ観ている男子生徒は8割以上だ。
また今ではゴールデンタイムで放送されるドラマも漫画を原作としたものがとても多い。そのことからもアニメから恋愛を覚えた人間は多いだろう。
「萌え」がブーム化や商品化してからは萌えの氾濫が目立ち、それを基とした恋愛も一種のステレオタイプとなった。
なにせアニメのなかのヒロインは理想であることは間違いないだろう。
声優の声、萌えを基とした顔立ち、そのキャラクター、そのニーズに応じた一作のなかにおける女子の種類の多さはまさに男子のためにあると言ってもよいだろう。
声優と言えば今はまさに声優ブームの時代だ。
このブームは第2期になるのだろうか。
声優アイドルという職種の人気は大きく、小学生でも将来の夢を「声優さん」と書く子も多いという。
それはアニメという入りやすさから、またそのアニメのキャラクターとアイドル自身を同一視してしまうからだろう。
声の持つ力は引き算の力だ。
声優は声が命だ。
声優自身の映像はむしろ有害だ。
声優アイドルというのはその部分で新しいが、少々頂けない。
声にビジュアルは必要ないのだ。
声は音だけに伝えられるものがあり、それを絵で強化しようとすれば力は失われるのだろう。
まあ、しかしそのアイドルと同一視することによってアニメで恋を学ぶ、いや、当人はアニメに恋しているのだろう。

しかし、これは奇抜なことを言っているわけではない。
漫画やアニメ、小説やTVドラマなどから恋愛に関しての影響を受けている世代の幅は大きい。
恋愛とはそもそもサブカルチャーだったのだ。
どんな時代でも堂々と恋を叫ぶことは青臭く、青年のすることと決まっているようだ。
それは年齢としての青年ではない。
観念としての青年だ。
青年らしさと言い換えてもいい。

アニメから入り恋に乗じる。
新しい文化時代の恋愛方法なのかもしれない。

以上!

0 件のコメント: