「心とはなにか?」といった禅問答はどうしても大規模な思考に発展し、閉塞した哲学的症状に陥ってしまう。
つまり、凡人としては閃きなしには平凡な答えを出すか、もしくは過去の哲人の金言を引用するほかないであろう。
心を形而上学的に解明しようとすれば深い思索と議論が必要であるだろう。
一応の答えを出すのでさえ長い時間が必要なのである。
しかし、その心の不透明さこそが何か我々の人間性を根源的に突き動かす原動力なのであろうとボクは直観的に理解している。
それは美学に顕著に表れている。
いや、美学そのものの答えとなろうであろう問題だ。
「この彫刻は美しい、しかし、作品の表情は悲しそうだ。」
そう感じたときの根拠は何か全くわからない、これが心の在り方である。
しかし、この心の価値は計り知れない。
この心の変動次第で心の持ち主の未来が決まるのだから、この心を知ることには絶大な意義があるように感じる。
その心の所在はいままで様々な候補が挙げられてきた。
丹田、ハート、脳、遺伝子など人間を突き動かす根源はいまだに定かではない。
少なくとも、それがわかろうとする働きも心に違いないのだろうと思う。
以上!

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