2008年12月22日月曜日

よろこびとつらさの狭間

やはり、いやらしいが人間の性というのは「両方欲しい」というものだろう。
いま、部屋の模様替えをした。
窓向きだった机を逆に部屋向きにした。
視界が全く違うわけだから気分が違う。
ボクとしては「勉強部屋」から「オフィス」になったなと思った。
いや欺瞞として感じたわけだが。

しかし、人間は幸せや欺瞞でも喜びや自己満足を得ても、不幸な話で不満なときや苦しいとき、悩んでいるときの方が多いのではないだろうか。
模様替えをしてみたが、前の雰囲気も惜しまれる。
豪邸に住みたいが、家なしで旅人としても生きてみたい。
隠者として過ごしたいが、世界中を飛び回るビジネスも捨てがたい。
この世に固執しているのは人間の証とまでは言わなくても、皆が思っていることぐらいのものだろう。
欲の塊、この世の可能性、みずからの可能性に気づけば気づくほど、欲は出る。
なにもできなければいいのに。
ボクはもっと小さい存在だと思っていた。
しかし、何か出来る。
そのひとつが読書であったりするわけだけど。
知識が得られる、それを発揮することもできる。
それを昇華することも付け加えられることもできる。
それに自己満足する日々、時間に悦楽する。

まるでパスカルのように書いてしまった。

ただ、喜びを得ることは次に必ず来る苦悩を得ることになるのだろう。
これだけは小生の少ない限りの真の知恵になっている。
真の知恵とは生きる知恵だ。
読書で先人の知恵を得たとしても、それが生きているとは言えない。
生きているかどうかは証がいる。
脈を測ってみなければならない。
つまり、経験しなければならない。

ボクたちは悦楽と苦悩の狭間で生きている。
それから仏教に入っていくのもいいが、やはり、そんな世の中でも、つまりこんな理から遠いところであったとしても生きていこうと思うことにも美学があるのだろう。
泥の中にも美がある。
汚いのか、そうでないのか、富岡鉄斎的な問題だ。
そんな中に生きているのか・・・それこそ心の安息だ。
いますこし気分が良くなった。

以上!

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