「カントリージェントルマン」という人間がいる。
白洲次郎が理想とした姿だそうだ。
田舎紳士という意味ではなく、財政の中心からはすこし離れたところにいながら、中心の様子を注意深く伺っている人間をイギリスではそう呼ぶそうだ。
もともと、イギリスには伝統的に貴族が社会に生きている。
いや、貴族のみならず、階級、身分という伝統が日本とは違って未だに生きている。
その、貴族の屋敷はすべてがロンドンの中心にあるわけではない。
郊外に広い敷地とともに建っている伝統的な屋敷は多い。
それからもカントリージェントルマンの姿、発端が伺える。
カントリージェントルマン、そういう政治家の在り方は日本にもあったのではないか。
もともと、武士階級がそうであったであろう。
鎌倉時代のころから「いざ鎌倉」という武士の言葉があった。
やはり、鎌倉時代の武士がカントリージェントルマンに当たるだろう。
同時代の西洋の騎士がカントリージェントルマンの発生とみると、日本も西洋も中世、封建社会の始まりに現代社会の為政者のはじまりを見ることができる。
つまり、後々に大名になっていく「武士」だとか、貴族化していく「騎士」はもともと地方にいながらも積極的に政治を考える人間だった。
彼らは考えていたのだろうと思う。
彼らは地方の為政者であり、かつ国を考える。
それには命を張っていた。
なにせ、彼らの生業は戦闘である。
そして、死以上の価値の名誉は美意識としてあった。
カントリージェントルマンは社会人としてあるべき姿だろう。
アンガージュマンほど意気込む必要もないニュアンスがあるだろう。
カントリージェントルマンは日本人には懐かしく、イギリスでは継承していくべき姿なのかもしれない。
そう考えると日本人の白洲次郎がイギリスでそれを見つけられたのも必然的だ。
以上!

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