辞書を書籍と見ることはあまりなく、その存在をなにとすればよいか決めかねるところである。
しかし、辞書はもっとも古い書籍のジャンルであろう。
ものごとの定義が示してあることは書物が最初に必要とされたであろうことは容易に考えられる。
ボンパドール夫人の手元にあったのは百科事典であった。
知は常に辞書、辞典から始まっていた。
今では電子辞書、パソコンや携帯電話の辞書機能などから書籍の辞書を紐解く機会も少なくなったと思われる。
しかし、書籍の辞書は廃れいく存在かもしれないが、絶滅することはないだろう。
その人気は減少こそあれ、0になることはないのだ。
話題を広くしよう。
書籍の絶滅もありえないであろう。
そこには学術的根拠はない。
それが普通である、常識であるというような固定概念があり、しかし、また、生き抜く知恵が書籍にはあるというような気がしてならない。
紙でできた情報媒体、書籍は削る部分がそんなにない。
また、まとめ的役割があることが最近の書籍の状況よりわかる。
ケータイ小説が書籍化されるところを見ると紙文明は新たな時代に新たな役割を担わされたのかもしれない。
書籍の中でも面白いと思ったのは、名作の漫画化や名作を横書きにした本が出回っていることだ。
そこに書籍のフットワークの軽さ、汎用性を垣間見たような気がする。
それは生き残りの知恵でもあり、情報媒体の王位を未だに離れまいとしている余裕の態度にも思える。
辞書はその中でも王だ。
それはあの前時代的なインテリの印象、でかい図体のことからそう言っているのではない。
それは文字を並べ置き、知を保存する役割を持つ書物の中でも、その文字を生業とする書物だからである。
文字を決めるのは吾のみするところは王者の風格だ。
文字を定義する権限は文学を問わず文字を扱うものにとって絶大なものだ。
その辞書の風格はやはり紙ならではであろう。
以上!

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