怠惰な生活とはよく言うが、行き詰まりの生活はもっと苦しい怠惰な生活は客観的に見ているが、行き詰まりの生活というのは主観的にみている感じであるからだ。
あくまでボク個人の解釈と感覚からの発言だが。
問題は行き詰まりの生活とは何かだ。
主観的であることは間違いないのだから、当人がそうであることを意識している、自覚していることは確かだろう。
うんざりとする、心の靄が晴れないような。
宇宙の真理を知り、気が触れたような感覚。
具体的にはボクにとっては何か。
それは閉塞的生活だ。
先に進むことをやめた極端かつ無意識のうちに陥っていた保守的な生活全般を指す。
広義の意味で、ボクが使用する場合の「破壊」がない生活だ。
なにかを疑ったり、否定したり、壊したりするアンチな行為、思考は「破壊」があるのだから必然的に「創造」がある。
それには挑戦が常に必要だ。
それをモチベーションとしてもいい。
それを意識することで少しは生活がマシになるのではないか、面白くなるのではないかというのがボクの生き方でもある。
挑戦のためには文化的に「読書」、「思索」、「瞑想」、「研究」が必要になる。
また、脳だけではなく体を使い「運動」することも上記の4つに良い影響を与える。
あの4つは挑戦するための手段なのである。
しかし、挑戦することは手段であり、目的とも化している。
それは生きることは動名詞であるからだ。
つまり動詞でもあり、名詞でもあり、二重の意味があるからだ。
二重の世界が同時に存在することは深い意味をもつ。
止まっている世界と動いている世界が同時にあることを想像するのは相当、思考と解釈に工夫を必要とするだろう。
「静中動」これ動名詞なり。
動名詞、これ人生なり。
一瞬、一瞬を生きていることには違いないが、それが動いているのも事実だ。
以上!

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