2008年10月8日水曜日

白洲次郎

最近ハマっている人物として白洲次郎がいる。
白洲次郎といえば終戦直後GHQ支配下の日本で吉田茂の側近として活躍し、東北電力会長、日本テレビ、ウォーバーグ証券の役員などを務めた政治家、実業家である。
生い立ちとしては、明治32年に生を受け、もともと実業家の家に生まれたらしく旧制第一神戸中学校に入学しているが、かなりの乱暴者として知られており、高級外国車を乗り回している。
これは白洲次郎、終生の性格、人格、趣味につながる。
卒業後はイギリス・ケンブリッジ大学に留学している。
このときも自動車に溺愛して、車をいじり油まみれになるため「オイリーボーイ」と呼ばれていた。
帰国後は伯爵樺山愛輔の娘、正子と結婚する。

白洲次郎も有名な人物ではあるが、白洲正子も随筆作家として有名である。
なにせ白洲正子というのは極端にいえば万人から恐れられた人物である。
政治家にも高級料亭の旦那にも容赦なく食い掛かっていく。
筋が通っており、単に爵位にぶらさがっているお嬢様ではない。

白洲次郎に戻ろう。
彼のエピソードで多いのは終戦連絡中央事務局にいた頃の話だろう。
終戦後の日本政府はGHQ/SCAPに対し従順すぎる態度であった。
しかし、白洲次郎はイギリス仕込みの流暢な英語とマナー、本人がもともと持っていた押しの強さと原理原則を重視する性格から、GHQ/SCAPの要人をして「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた。
また、神と崇められるに等しい存在であったダグラス・マッカーサーが昭和天皇からのクリスマスプレゼントをぞんざいに扱われた際には届け役であった彼は「仮にも天皇陛下からの贈り物をその辺に置けとは何事か!」と怒鳴りつけ、持ち帰ろうとしてマッカーサーを慌てさせ、誤らせたという。

彼には日本人で初めてジーンズをはいたことぐらいのエピソードからコートニー・ホイットニー准将への皮肉のエピソードなど大小多くの有名なエピソードがある。
しかし、どれも白洲次郎的であり、つまりそれはダンディズムを表し、彼のルックスとともにかなりの男前である。
男なら誰でもこうありたいと思うのではないか。
そう感じさせてくれる人生、それを生きたのが白洲次郎その人である。

以上!

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