日本にはイデアは存在しない。
日本の文化、文明すべてに土臭さ、生が宿っている。
だから、見捨てられるものもなく、ただ、流転があるだけである。
高尚なもののなかにも卑猥があり、不埒なものなかにも聖域がある。
それが神道のなかにも仏教のなかにも見られる。
それが日本である。
ヨーロッパ人もそうであっただろうが、イデア論、キリスト教の虚装の「高潔さ」が誕生し、広まっていき、生を捨てることとなり、生が罪と化した。
もともと、人類、考えていたことは上記の日本と全く同じだ。
善も悪もない生のなかで暮らしていたはずだ。
以上!

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