2008年9月13日土曜日

道徳教育

道徳教育は今の日本社会の乱れを立て直す手段としては多くの人間から認められている。
しかし、道徳を相手にするだけあって学校教育としては難儀なものである。
はたして道徳をテストすべきなのか、道徳とはテストではかれるものなのか、ここが問題点である。
そこには社会を改正していく動きの初期段階として苦労する面がある。
必ず反発を食らう。
モンスターペアレントしかり、役人しかりである。

学校教育ではなく家庭教育に注目が集まるが、これも制度は難しいうえ、個人個人での解決というのは改正の放棄に近い。
それでも今は少なかれ品格ブームである。
坂東眞理子の本がとても売れ、一見、日本が道徳を気にし出したかに見える。
しかし、気にし出してもブームはブームではなかろうか。
そして、留意してもらいたいのが、「これは上の世代が慌てふためいてるだけなのではないか」ということである。
ボクの世代は生まれてから、ものごころついてから、社会を知ってから、世間はこのざまである。
そんな世界に生まれた人間たちにとって年長者が感じる道徳に乱れ、社会の乱れは感じにくいであろう。
世代間の感覚の差異とはそういうものである。

ボクとしてはブームにしても道徳の乱れにしてもさして興味はない。
その乱れによって興味があるのは何がなくなり、何が生まれるかである。
変化にかかわる動きの分析を行いたいだけである。

まあ、もし、道徳教育によって世の中がいわゆる「正常」になってもその動きを見続けるだけではあろうが。

以上!

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