これからの学習は無意識やエスなどの見えない自分や意識できない自我の分野である精神分析学や反ヘーゲルだったショーペンハウワ―の系譜の哲学だ。
もしくは、甲野善紀の言うような古武術だ。
精神分析学や哲学は学問であるが、古武術はなぜ探究に役立つか。
それは、古武術は不合理な体の使い方をすると見かけから思われがちだが、実際は体を使いやすくするための術理だそうだ。
体をうまく使えばより速く、的確に相手に勝てる。
とても合理的だ。
最近では、その体の働きをスポーツに応用しようと着目されているが、ボクとしてはなぜ、最初からそう使わないか、自分の体にもかかわらずどうして合理的な動作ができないのか、を発見したいがためだ。
そういう余地が古武術にはある。
余地というのは先の人間がつくりあげたので、適切な表現ではない。
しかし、忘れられた部分としては取り戻す価値がある。

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