なかなかいい文章や発想は訪れないものである。
それはボクが未だ若輩で青く、頭の中で整理や体系化が行われていないからだろうが。
そこがいらだつところであり、まあ、「若さやこれからへの期待」とも妥協できる。
固い文書や適切ではない語句や気取りが混ざっていると、読み返してみると鼻につく。
一番いらだつのは、自分の文章がなにかの本に書いてあったことのまる写しみたいになっていることだ。
そこに自分がいない文章ほど悲しいものはない。
きっと、そんなことは絶対にありはしないのだろうが。
それでも、もっと積極的に自分をアピールしたいボクの気質では耐えられない屈辱だ。
中学生の時に、ボクの作文が入賞した。
そのときに夢中になっていた『武士道』的な武士道や『国家の品格』的な生き方に憧れ、この二作を素に書いていた。
そのころから読書を始めたから、今以上に思想に疎かったし、文章も気取りがこびり付いていた。
それを突いてきた先生がいた。
若い、なにかチンピラみたいな格好をした不細工な数学の先生だったが、彼が、ボクの作文は青臭いという。
中学生に向かって、ともしたが、妥協を嫌い、天才に憧れているボクにとって、それは正論だ。
気取って書いていたのは間違いない。
それが、いまでも何かを書くときには戒めとなっている。
多分、先生方のほとんどが青臭い文章だと感じながらもそれを言わなかったのに比べ、大人気なしにも指摘し、才能を見出そうとしたであろう先生には感謝だ。
また、自分の文体が好きな作家の文体になっていることもある。
まあ、これは若い時期の、模倣の時代とも言える。
そこは成功だろうが。
模倣の時代はどんな芸術家にもあった。
師事することの大切さだ。
宮本武蔵は師を持たなかったと言うが、影響を何からも受けなかったわけではないだろう。
戦いの中から得たのならば、単に師が人でないだけである。
師は万物の中にある。
蛇になるためには蛇を師とするまでだ。
しかし、模倣をマネごとと蔑み、卑しんだ思想の時代もある。
それは伝統を捨てた明治維新であり、戦前を否定した第二次大戦の敗戦後でもある。
勿論、伝統も否定によって積み重ねていくものだが、切り捨てるわけではない。
明治維新と敗戦後は完全な否定であり、すべてを廃棄している。
そこから、生まれたものはあるが、失われたものは多過ぎ、それらがまだまだ必要なのにもかかわらず捨ててしまったことが問題だろう。
それを反省し、再構築するのがこれからの時代だろう。
以上!

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