人間の浅はかさってのは玉に気づかされると倦怠感があるよね。
何が言いたいかって言うと。
確実なことはないっていうことについて。
真理と言い換えてもいい。
真理がない。
否、まだみつかっていないと言ってもいい。
宗教団体の人間と話した。
まあ、勧誘なわけだが。
とにかく1時間ほど、相手は勧誘、ボクは宗教団体からの勧誘体験をしていた。
はじめは(たぶん誰でもそうだと思うが)ぜったい騙されないと心に決めていたのだが、話を聞いていくうちに話の矛盾点がないことにきづき、もしくはみつけられなくなり、納得してきた。
怖いもんだ。
ボクは宗教は好きでも宗教団体と言うものを毛嫌いするたちだ。
そして、もとより懐疑的な、疑い深い人間だったから勧誘も結局断れた。
でも、あの感覚。
このブログじゃ伝えられないな~。
なんか優しく洗脳されていく感じ。
たぶんボクのなかで宗教団体ってのは無理なことを脅しにかかるようなものばかりかと思っていた。
でも、実際は論理的に話しかけてきた。
宗教団体っていうより教材の訪問販売の相手をしている感じだった。
さすが日本有数の宗教団体。
でも、こういうとき懐疑的になるべきだと思う。
疑って本当のことかどうかを確かめられるようにならなくては。
あっちは勧誘にきて、こっちは受け身だ。
勧誘者はどうとでも言える。
作り話も。
そこを知っておくことと信念を持っておくべきだ。
まあ、毒には毒でってことかな。
自分の宗教を作ることだね。
これが僕の体験談でした。
うっかり入信しなくてよかった。
ホントに。
でも、勉強になったこともいっぱいあったんですよ。
勧誘の対処もそうだけど。
生きた宗教に触れられたこと。
これだよ!やっぱり!
貴重な体験、ゴチッす!
まあ、でも確かに心理がまだないってことはあの人たちの言うとおりだわ。
人間は科学の頂点に来てしまったって言う人もいるけど。
まだまだ、だと思う。
正直なところ勘だけど。
だって、そう思うと生きているの馬鹿らしくない?
面白みなさすぎだよ。
だから、真理は発見できていないってこと。
でも、なかったらなかったで人間は困るんですよ。
地図が無いみたいに。
不安なんだ。
だけど、間違った地図を渡すような人間もいる。
だから、認めるしかないんだよ。
自分だけが認めるしか。
たとえ、他人が違うと言っても自分だけはそれが真理だと言い張ればいいんだよ。
結果としては宗教団体に入信する人間とおなじだがプロセスが大事なんですよ。
どうたどってきたかが。
それによって全く違う意識が生まれる。
たとえば、他人に誘われてその真理を信じた人はどこまで行っても依存したままだ。
その宗教に。
自分のオリジナルの信念を持つ人は自分しかいないので独立できる。
無論、孤独に近い苦しみはある。
でも、ボクは他人に依存するのが嫌いだ。
唯我論に生きているからな、ボク。
以上!

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