2009年10月24日土曜日

もっとも注目する人 ’松岡正剛’について

松岡正剛のことは何度も書いてきた。
彼の著書も買い集めている。
これからも買い続けているだろう。
誰かの本を買い集めるなんてことはいままでなかった。
第一、ボクは飽きっぽいし、面倒くさがり屋だからだ。
集めている作家といえば、まあシェークスピアが4冊ほど、芥川と太宰が2冊ほど。
5冊さえ超えない。
その点、松岡正剛の著書は6冊だ。その上、彼の「千夜千冊」での感想を参考に本を買うから、そういう意味では本の購入のマエストロと言う重きもボクのなかでは担っている。
だから、松岡正剛は特別な存在だ。
存在と言ったのは、彼が特に何か専門的な肩書を持っているわけではないからだ。

しかし、松岡正剛は何でもやる。
明らかに「行動の人」だ。
行動の人こそ学問を好きになる人だとボクは確信している。いままでも、これからも、きっとそうだろう。
年内、何度もシンポジウムを開き、雑誌にも多くの記事を載せており、ISIS編集学校の創設者・学長であり、千夜千冊というただの「読書感想文」というにはもったいないほどの思索の大原稿をネットで公表しており、新書ランキングにも入選するほどの作家でもある。
彼は、今でもその時でも有名な作家やアーティスト、思想家、学者など多くの人々に会いに行っている。
先日も「セイゴウちゃんねる」で編集工学研究所に中田英寿が訪問し、プライベートな対談を行ったと書いてあった。
写真にはヒデとセイゴウが。
セイゴウは大のサッカーファンである。
また、松岡正剛の日本文化についての見解は新聞のコラムにも取り上げられている。
そんな松岡正剛を知ったのは、昨年の4月だったかな、たまたま見ていたテレビ番組に「松岡正剛というマルチ的な学問をする人が出る」というので観ていた。
そのとき、マルチ的な学問、全般的な学問に興味があったので強く惹かれた。番組を観たとき、番組の編集もよかった上、その彼の学問的センスとその声とその風貌に一目惚れしてしまい今に至る。
きっと、これからどんどんメディアにも登場するのであろう

ボクは、身勝手ながらそういうボクだけのサブカル的存在が日の当る場所に出ていくのにいい気分はしない。
アニメにしろ、漫画にしろ、いわゆるオタク文化にしろ、「理解されたい」なんていう気はない。
むしろ、こそこそやっている方がいい。
ただ、松岡正剛の存在はボクが思っているほど小さくはない。
鳩山首相が、首相になる数か月前に松岡正剛と会っている写真をセイゴウちゃんねるで見ている。
このままじゃ、絶対に世の中がほっとかない。
松岡正剛は、もっと影の人であってほしい。ブームにならないでほしい。早く会ってみたい。
いまも彼をムービーで観ている。

まず「前提」あり

なににでも「前提」がある。


今回のテーマは「前提」である。
ボクは小林秀雄の講演(1960年)を聴いたとき、この言葉の重きに触れられた。
それ以来、なにかものを考えるときには、まず「前提」から考える。
特に古い問題、歴史関係の問題について考えるときには必ず前提を踏まえて考えないと、空想と化してしまう。
例えば、BLが市民権を獲得しようとしている現在と「おかま」や「ゲイ」だと非難を避けるため人目をはばかる必要があった数十年前との同性愛を取り巻く環境の相違を考えると、そこには歴史的な前提があるではないか。
同性愛というものがある程度社会において寛容に扱われるようになった、これが現在の前提にあるではないか。
日本古来の同性愛の文化が廃れていった近代以降、同性愛はすべて切り捨てられてきた。
それが数十年前までの一般社会における常識であったはずだ。
しかし、それが今は「王様のブランチ」のコミックランキング10位以内にも入ってしまい、本屋ではそのコミックが平積みされ店頭に並ぶほど、「ボーイズラブ」と呼ばれる同性愛文化が認知され迎え入れられてきているではないか。
ひとつの問題をひとつで放っておかないことだ。

前提から考えなおせば、きっとヒントが見えてくるはず。
ものを知る為には「前提」や「原因」を読み取り、構図にして咀嚼する、これが自分のなかで理解したということではないのか。

”村”という政治体系

今日、ボクの住む町内(班と呼ばれているが)で、バーベキューが行われた。まあ、バーベキューといっても日本のバーベキュー。
作法も精神もないバーベキューだったから、もはや野外の宴会、それも町内でやっているのだから、むろん寄り合いにもなった。
これはただの馬鹿騒ぎではないのだ。いわゆる政治である。
ここでは陰口が飛び交い、冗談と本音が共に出る。「なあなあ」な感じはあるが、そこには了見と建前がいるものなのだ。
これは一種のパワーゲームであり、ミクロの社会であり、「いま」を語り合う場である。
けして失われてはいけない「村」の政治の在り方。
村というのは市町村の村ではない、一種の地域の在り方である。
村はいつの時代も百姓の統べる自治体でなければならないと思う。
「百姓」とは農民だけではない、むしろ農業をベースに敷き、副業を必ず行う者たちのことだ。
百姓とは、その中で政治が行える集団なのである。だから、どんな社会でも構成員は、全員百姓とも言い切れる。
「もと」は百姓なのだ。貴族も武士も最初は百姓だった。
これは起源説ではない、むしろ、その生活システムのベースとして百姓の働きは絶対に必要だからである。
無論、貴族も武士も起源は百姓である。
ただ、その「百姓」という社会の階層のなかで上位についた者が貴族になり、武装することで上位についた者が武士になったのだ。
百姓とはその字のごとく、社会(姓)全ての人々のことである。
社会を知るには百姓を知るほか道はない、と言い切れる。

耽美を知る~名作たる同性愛コミックの読後~

ボクは漫画好きだが全ての漫画を知っているわけではない。
だから、漫画をひとくくりに話すことはできない。
ただ、かすかな経験から言わせれば漫画に「悲劇」はないということである。
悲劇的な結末は、もともとは「幼稚」な文化である漫画にはあってはいけないように思う。
しかし、先日それに出会ったのだ。
だから、いま、体と頭が重い。本当に尾を引いている。
精神的な攻撃がとても激しかったのだ。
読書及び文化の攻撃というのは精神を狙ってくるから質が悪い。
『美少年』(原作:団鬼六 絵:小野塚カホリ)を19日買って20日のAM0:00から読んだ。結末がとても悲劇的で、ボク個人としては正直なところ性に合わなかった。
ストーリーに凌辱シーンがあってもボクはいいと思っている。ただあの主人公には腹が立ってならなかった
ああいうタイプは一生ボクとは関わることがないだろう。
中途半端だよ、優柔不断だよ。背負いこめていない。
「覚悟」、最近この言葉について考えている。

人生において最も重宝すべき言葉ではないか。
人は人と付き合うことこそ人生と言えよう、ならば他人との付き合いの心構えとしての「覚悟」を片時も離してはいけない。
半端なら死んでも半端だという覚悟だよ、これは。
ボクは人生を懸けて人生を生きていたいから、軽率な行動や浅はかな行為にかんしては憤りを感じずにはいれない。
「非情」も嫌いだ。他人の弱みにつけ込んで欲を貪るなんてことはエロスとしても品に欠ける。
上品なエロスこそ上方文化の専売特許だ。
あの作品はそのミスマッチを利用したようでもある。
上品な女性に育てられてきた美少年を荒々しく犯す、そのナンセンス。それは実に面白いことなのだが、ボクは性分からやはり好めない。
小野塚カホリの絵の妖艶さはたいへんよかった。

この作品がBLなのかどうかは否定されて良いだろう、しかし「艶」はBLにも同性愛という広いジャンルにおいても欠かせない絵の要素だ。
ここから彼女の作品を読んでいきたい。
また、本の装丁もとても良い。
菊雄がカラーできれいに描かれており、背景は黒、題字は赤、裏には女形の菊雄、そこの文字の縦書きもよかった。
官能小説家・団鬼六を意識してのことだろう。
紙の質もよかった。
本の大きさもボク好みだった。
中も外も美しさにこだわりを感じた。
久々の「官能」でもあった。
エロ漫画なんてものは夏から秋までで400冊近くを読んでいるのだろうが、“官能”は本当に久しぶりの感覚であった。
そのおかげもあり1日経ってもくらくらしている。
「耽美」なんて言葉はすぐに人を陶酔の世界に陥れるから使うのもはばかりたいものだ。

しかし、正直なところあれは耽美だった、そうとしか言えない。

最近は茶器を中心とした骨董に興味が出てきたから「耽美」だとか「詫び寂び」だとかいう美意識をどうしても他の趣味にも用いたくなる。
幸田露伴の「骨董」、中島誠之助がラジオで喋っていた「古物」、小林秀雄や青山次郎の「目利き」、どれも艶と耽美を知っている。
骨董の目をもって『美少年』を読んでいた。
好きなものはそうやって読んでいきたい。

2009年10月17日土曜日

貴族性と武士性~素人歴史考察~

さっき考えていた。
貴族と武士のことである。

貴族と武士の生活の制度や様式こそ違え、起源は同じではないか。
貴族だって戦っていた者ではないか。
武士が歴史上に登場するまで軍を率いていた者はだれか、武官である。
立派な貴族の役職である。
貴族のイメージはどうも源氏物語のような国風文化が確立する平安時代中期から後期に由来するようだ。
どうもなよなよして甲高い声でしゃべる顔の白い弱腰の男、草食系男子の性質に近いだろう。
もしくは「女ばかりにうつつを抜かす」など光源氏を誤解したイメージもあるかもしれない。
また、愛憎渦巻く宮中、嫉妬と欲望のドラマというイメージも確かにある。
しかし、貴族だって兵がいただろうし、武に打ち込む質実剛健な者もいただろう。

ただ、武士が出現したからには「武」は武士のものとなったのではないか。
いやしかし、武士が出現しただけでは、「武」が貴族の下から去るということに直結しない。
貴族がいくさの指揮を執るかもしれない。
武士の出現ではなく、武士の台頭にこそ「武」の移動があったとみえる。
武士がいるからには貴族が武装する必要はない、「武」に関わる必要はない。

ただ、貴族性は必ず階級社会では現れる。
武士も上位の者になればなるほど貴族性が現れ、特に太平の世の中では貴族型の生活を送った。
特に江戸時代は、武士から戦国時代のような荒々しさを取り除くことから始まっているから貴族性が現れた官僚型の高級武士がよく見られる。
それも太平の世の中のおかげであろう。
武士を「武」張らせないようにしたのだから、貴族になるのも当たり前である。
もちろん、これは高級武士の場合であるから、下位の武士は「武」張ったものが残っている。
だから、幕末の英雄たちは剣の腕があった。
唯一、残っている「武」張ったもの、武術を継承していったのは、下位の武士、貧しい武士たちであった。

話は、貴族性と武士性が歴史的な社会のなかで人間の型として存在し連動していたという歴史スペクタルな部分に到達した。

2009年10月16日金曜日

共感されない前提が人生にはある、だからこそ

言ってみれば、このブログで書くということもそうだ。
テーマこそ覚えているが、それに対する情熱だとか思いだとか、そういう感覚を忘れてしまうことがある。
原因はボクの文章の拙さだろう。
ボクは「完全な共感」という完全な気持ちの共有こそ表現の頂点であると考えている。
すると、思いを文字に変換する際、緊張が走る。
適語であるか。
いや、一般的には適していなくとも、より共感してもらえる書き方があるのではないか。
それは方法論として文字文明が積み上げてきたものの一つだ。
例えば、それは倒置法なり体言止めである。
正攻法でしか伝わらないもの、奇策で伝わるもの、人間が持つ共感の能力をどう掘り起こすか。
大きなテーマだ。
文字を一つの大きな基盤にした社会で生きる我々にとって、表現の方法を適材適所に使い分けることは社会の人間すべてが目指すべきである。
その意味では社会の人間、つまり「全人類みな表現者」なわけだ。
文士や絵描き、クリエイター、編集者などと職種にない表現者にも素晴らしい表現を持つ人は多くいる。
例えば、銭湯のおやじさんは銭湯をきれいに掃除し、銭湯を運営し、その上、客に気さくに話しかけてもくれる。
十分な表現ではないか。
そういう目を持ち、共感の触手を広げ続けなければならない。

2009年10月15日木曜日

「燃やす」ということ

日曜日に庭の大きな梅の木を燃やした。
腐っているわけでもなかったが、木にもう生気がなく、水さえ欲しがっていなかった。
いわゆる立ち枯れである。
切る前から枯れているわけだから、秋晴れの今日ならばボウボウ燃える。
最初こそくすぶっているわけだが、そこに少しずつ薪を積んでやるとたくましいものになる。

やはり燃やすなら木だ。
草を燃やすのは害虫駆除のためだし、プラスチックを燃やすのは臭いから嫌だ。
木は燃やしてもいい大きさの火にしかならない、いい香りもする。

「木を燃やす」
それだけでも色々な方法もある。
いや方法と言うより趣の種類がある。
小枝を燃やす、丸太を燃やす、切って燃やす、折って燃やす、組んで燃やす、積んで燃やす。
火の顔と言うのは燃やし手が誘ってやっと出てくるものである。
ひと昔前、台所にまだお釜があったころ、これは火の面倒をみるということは庶民の女性として常識であった。
IHができて、すでに書いた台所での火との付き合いというのはなくなったわけだが、火と人間の関係は離れられないものになっている。
火は必ずやこれからも人間に使われることになろう。火を操るのは人間の象徴でもあるわけだから、火と付き合ってみるのは危険だが必要な上、楽しい。
いや、危険なものには必ず関わる必要性がある。
そこが面白いわけである、なぜか面白いわけだ。
ただの火遊びずきの助平では終わらない「火の学」。